抗がん剤の価格は言い値か?

高額療養費制度により個人の支払いは10万までで、かかった高額な医療費のほとんどあるいは全額が国のお金で支払われることになるというのだ。

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抗がん剤が日本を滅ぼす日 ~1ヶ月300万円の新薬登場~(中山祐次郎) – 個人 – Yahoo!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakayamayujiro/20160427-00056588/

抗がん剤が医療費を跳ね上げる時代が来ている。そして医療費はおろか、日本経済を破壊しかねない可能性がある。

かねてより筆者は、徐々に高価になってきた抗がん剤の薬価(薬の値段)に強い危惧を持っていた。今回新しい抗がん剤が承認されたことを機に、抗がん剤の薬価について論じたい。

1ヶ月300万円を超える新薬の登場

平成27年12月17日、厚生労働省は「オプジーボ(一般名 ニボルマブ)」という新しい抗がん剤を肺がんに対して承認した。この薬はもともと皮膚がん(正式には皮膚悪性黒色腫)に対する抗がん剤として以前から使われていた薬剤で、今回は適応拡大(ある病気にのみ適応となっている薬が、他の病気にも新たに適応となること)の決定となった。

この抗がん剤はこれまでの抗がん剤と違い、免疫に作用することで効果を発揮するという新しい作用機序 (薬が作用し効果を示すためのシステム)を持つため、業界でも大変注目を浴びている。ただ、劇的な効果を持つというわけではなく、例えば肺がんに対する従来の治療法、ドセタキセルという抗がん剤と比べ、生存期間を約3ヶ月延長する(扁平上皮がんでは6ヶ月→9.2ヶ月、非扁平上皮がんでは9.4ヶ月→12.2ヶ月)というものだ。

そして、肺がん以外での承認を目指し他のがんの領域でも様々な臨床試験が行われている。

効果がある新薬の登場は医療現場としても喜ぶべきものだが、今回は手放しで喜べない事態となっている。それは、この薬の価格だ。

肺癌学会ホームページによると、このニボルマブの薬価は1ヶ月で約300万円。筆者の計算でも332万4622円となった(計算の詳細は下記の※)。これは以前使われていたドセタキセル、ジェネリック薬を使えば1ヶ月で5万円以下であることを考えれば、異常に高価である。

販売元である小野薬品工業株式会社は、このようなファイルを公開している。

抗悪性腫瘍剤「オプジーボ点滴静注 20mg、100mg」の平成 28 年 3 月期売上実績および平成 29 年 3 月期売上予想について

これによると、平成28年度3月期の売り上げは212億円であり、1年後の平成29年3月期の売り上げは1260億円になると予想している。この極端な増加はもちろん今回の肺がんへの適応拡大により使用する患者さんが増えることによるものだ。さらに計算をすると、一年使ったとして300万円x12ヶ月=4200万円。これを製薬会社が推定している新規使用患者数の15,000人が使うと、4200万円x15,000人で6300億円だ。同じ人数が使ったとして2年で1兆円を超す。

毎月患者さんが300万円を支払うわけではない

日本では「高額療養費制度」という制度がある。詳しくはこの厚生労働省ホームページを参照いただきたいが、すごく簡単に言うと「めちゃくちゃ高い治療費を払わなくていいように、月10万円くらい払ってもらえればあとは全額キャッシュバックします」という制度だ。この「月10万円くらい」の額面はその人の収入によって異なっており、例えば年収が1160万円以上の人は約25万円だし、年収が370万円~770万円では約8万円、年収が370万円以下だと6万円くらいになる。さらに「多数回」など色々な制度があるので、実際に払う額はもう少し少なくなる。

そして生活保護制度の受給者はかかった医療費全額が支給されるため、どれだけ医療費を使っても支払う額はゼロだ。つまり、かかった高額な医療費のほとんどあるいは全額が国のお金で支払われることになる。

他の抗がん剤もどんどん高額化している

高価なものはニボルマブだけではない。

増え続ける大腸がんの治療薬として広く使われる「アバスチン(一般名 ベバシズマブ)」を使った多剤の治療(FOLFOX+Bev)は1ヶ月に約50万円、「アービタックス(一般名 セツキシマブ)」や「ベクティビックス(一般名 パニツムマブ)」を使った多剤ではだいたい約60-80万円だ。

これらの薬は「分子標的薬」と呼ばれる新しいもので、従来の抗がん剤と比べると比較的副作用が少なく効果が期待できるのが特長だ。今現在でも多数の分子標的薬の開発・臨床試験が進行しており、これからさらに多数の薬が登場してくると予想されている。

多くの薬が使えるようになることはひとりひとりの治療にとっては良いことだが、国全体で考えた場合は医療費を押し上げ続けることにもなる。

思い出すあの馬鹿馬鹿しい事件

そういえば4年前にこんな事件があった。新しい抗がん剤がリリースしたのだが、あまりに高価すぎるためにニューヨークの有力な医師が「高すぎてウチの病院では使わないことにした」と公表したところ、あっと言う間にその抗がん剤の値段が半額になったのだ。

冗談のような話だが、これは実話である。その薬の名は「ザルトラップ(一般名 アフリベルセプト)」。新しい分子標的薬だったが、その薬価の高さ(1ヶ月で約100万円)と効果を考えたそのドクターは、ニューヨークタイムズ紙にこんなレターを送っている。

「我々医師は、『最も良い医療は、いつもがいつも最も高価なものではない』ということを肝に命じておく必要がある。」(筆者訳)

ちなみにこの薬は日本ではまだ保険適応ではない。

高価な理由・・・薬剤の価格が新薬開発の原資であるという点

しかし製薬会社にも価格の設定を高価にした理由はある。

一つは、新薬開発にかかる費用と時間だ。冒頭で取り上げたニボルマブは、実際に患者さんに投与できるまで10年以上もかかっている。費用は一般に数百億円以上の単位と言われる。このホームページにも

1品目あたりのくすりの開発費用は200~300億円にも達します。

とある。

1992年に京都大学の本庶らが発見したPD-1という遺伝子が同定されて以来10年の時を経て、小野薬品という日本の製薬会社に開発の話が持ち込まれたという。当時は「がんの免疫療法」が医師たちの間ではそれほど信頼のおけるものではなく、周辺の怪しい治療法とともに眉唾と考えられていたため、開発や臨床試験にもかなりの困難を伴ったことだろう。

この開発コストを回収しなければ会社は存続できないし、次の新薬開発の資金もなくなってしまう。

製薬会社としてはそれほど大きくはない規模の小野薬品が、世界のメガファーマと呼ばれる売り上げ3兆円以上を押しのけこの「がん免疫療法」の開発の先陣を切り文字通りトップに立ったことは賞賛に値する。市場もニボルマブを評価していて、小野薬品の株価は上がり続けており現在では1年前の倍以上だ。

抗がん剤の小さい市場規模

もう一つの高価な理由として、抗がん剤市場の規模がある。

実は、抗がん剤のマーケットは他の薬剤と比べそれほど大きいわけではない。

例えば高血圧患者さんは日本に906万7,000人いるが、継続的な治療を受けているがん患者さんは152万人と単純な比較でもかなり少ない。そしてがん患者さんの全員が抗がん剤投与を受けているわけではない。さらに言えば、高血圧の患者さんは10年も20年も薬を飲み続ける人が多い(基本的には内服が始まったら殆どの患者さんは亡くなるまで飲み続ける)が、がんの患者さんは「死亡」により抗がん剤使用はストップする。また、抗がん剤は蓄積する毒性により副作用が出るものが多いため、5年も10年も抗がん剤を使用することは稀だ(乳がんでホルモン剤を5年以上使うことはある)。

高血圧の市場は大きく、年間の医療費は1兆8,890億円と報告されている。事実、高血圧の薬は競うようにして毎年開発され、過度な競争がしょうもない事件まで引き起こした(ノバルティスと武田薬品の事件、詳細は各製薬会社ホームページに掲載されている)。詳細は他稿に譲るが、医師主導臨床試験に製薬会社社員を研究者として突っ込み、その研究者によるデータ改ざんをしたり医師用の説明パンフレットで効果があると勘違いしやすいグラフを用いたりという不正だ。業界内で規制がかかる数年前までの、製薬会社によるすさまじい接待攻勢は高血圧治療を担当する循環器内科医には常識的だったのだ。

まとめ

新規抗がん剤の価格は高騰しており、特にニボルマブは極めて高価である。見通しの明るくない日本経済の中でいかに高価な薬剤を考えるか、がこれからの課題である。この記事が問題提起になることを切に願う。
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